坂本龍馬暗殺の犯人は結局だれなのか

幕末の英雄、坂本龍馬暗殺に絡んだのは「京都見廻組」という説が有力です。
これは「見廻組」の一員だった2人の証言がもととなっております。

1人は、「今井信郎」、もうひとりは「渡辺篤」です。
しかし、この2人の証言は食い違う点が多く、信憑性にかけております。


決定的に異なるのはその実行メンバーです。
「今井信郎」によると、メンバーは「佐々木只三郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、今井信郎、土肥仲蔵、桜井大三郎」で自分は見張り役であったということです。しかし、その後、自分は実は殺害の実行犯であったと言っております。

「渡辺篤」によると「佐々木只三郎、渡辺篤、今井信郎、世良俊郎の他2名」ということになっております。

「今井信郎」の唱えるメンバーの中に「渡辺篤」がいないのは、まだ生きている「渡辺篤」をかばったものとも考えられますが、決定的に異なるのは「世良俊郎」という人物です。

犯行現場には犯人のものとも思われる刀の鞘がのこっておりましたが、「今井信郎」によるとそれは「渡辺吉太郎」が忘れたもので、「渡辺篤」によると「世良俊郎」のものということでこの辺も決定的に違います。

ただ、「渡辺篤」の告白(1915年)は近江屋事件(1867年12月10日)後、数十年が経過しているため、かなり記憶があいまいになっていることも考えられます。

その他のメンバーの証言が取ればよかったのですが、ここで名の上がっているメンバーは2人以外は他界しまっていることがこの事件を大きく迷走させてしまいました。

今井信郎
今井信郎


1994年になって京都の霊山歴史館に「竜馬を切ったといわれる刀」が納められました。
この刀は「京都見廻組」の桂隼之助ものもで、その子孫から手渡されたということです。

刀は小太刀で、桂隼之助は小太刀の達人であったといわれておりますが、今井信郎の証言による実行犯のひとりです。事件のあった部屋は天井が低く、十分に刀がふれないため、小太刀は有効であったと考えられます。

これらのことから、数々の疑問は残るものの、「京都見廻組」が龍馬暗殺の実行犯で、
実際に龍馬を斬ったうちひとりは「桂隼之助」という可能性はやはり有力だと考えられます。

龍馬は新政府のなかに徳川家を引き入れようと考えていたとされています。
実際、龍馬の死後、徳川家を排除する動きは急速に進み始めました。

そして、事件からわずか1ヵ月半で新政府軍と旧幕府軍が激突する「鳥羽・伏見の戦い」が始まりました。
この戦いで「見廻組」の佐々木只三郎、桂隼之助は戦死しております。

もし龍馬暗殺の実行犯が「見廻組」だとするならば、
結果、自分たちが戦死するといった事態をまねいてしまったのかもしれません。

事件があった近江屋の跡
事件があった近江屋の跡


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