ヤマトタケルノミコト(日本武尊)とスサノオノミコトの違いは?

古事記や日本書紀には「ヤマトタケルノミコト(日本武尊)」や「スサノオノミコト」といった人物が登場しますが、少し名前が似ていることから彼らが同一人物と思っている方も少なくはないようです。

ヤマトタケルノミコト(日本武尊)

この2人は全く関連がないと言ったら嘘になりますが、別人になります。スサノオノミコトは神話に登場する神ですが、ヤマトタケルノミコトは天皇家に関係する人間とされております。

どちらも架空の人物と言われることが多いようですが、そのモデルになった人物は恐らく、いたものと考えられます。


まず、スサノオについてですが、日本列島を創造したとされる神イザナギノミコトの子供となります。

姉には天皇家の祖先とされ、太陽の神であるアマテラス(天照大御神)、また、月の神、ツクヨミ(月詠)とも兄弟です。

一番上の姉がアマテラスで、次はツクヨミになりますが、ツクヨミについては古事記や日本書紀にはあまり記述もなく、性別もはっきりとしていないようです。

スサノオはいわゆる悪ガキで、神々の住む高天原でいろいろと悪事を働いておりました。そしてついに姉のアマテラスの怒りを買って、地上に追いやられてしまいます。

地上に落ちたスサノオはこれまでの悪ガキのイメージから、英雄っぽくなります。

人々を困らせていたヤマタノオロチを見事に退治し、そのときオロチの尾から「天の叢雲(アメノムラクモ)」という剣を手に入れます。

後にこの剣はアマテラスに献上され、子孫である天皇家へと伝わって三種の神器のひとつとなります。

ヤマタノオロチ

スサノオノミコトとヤマトタケルノミコトにも関連といえば、この剣になります。

ヤマトタケルは第12代天皇である景行天皇の子供ですが、父から敵国の討伐に行くように名を受けます。

そのときに叔母のヤマトヒメから授かったのが、このアメノムラクモでした。

この剣はヤマトタケルが野原で火に囲まれてピンチになった時、周囲の草を薙ぎ払って守ったことから「草薙の剣」とも呼ばれるようになったといいます。

ドラクエとかにも登場するので、こちらの呼び名のほうが有名かも知れませんね。

ヤマトタケルはこの剣とともに、度重なる勝利をおさめます。

しかし、慢心のためか、この剣を持たないで危険なところへ行ってしまい、足に痛手を負ってしまいます。

ヤマトタケルが痛手を負ったのは滋賀県の伊吹山ですが、現在、伊吹山の山頂にはヤマトタケルの像が立っております。

伊吹山頂の日本武尊像

痛手を負ったまま、大和に向かいますが、ついには力尽きてしまいます。

三重県亀山市にある前方後円墳がヤマトタケルの陵墓とされております。


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