舛添要一の元妻は片山さつき?離婚理由は?姉は生活保護?

東京の浜離宮朝日ホールで国際政治学者で前参議院議員の舛添要一とジャーナリストで千葉商科大学教授の宮崎緑がイベントで対談しました。

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舛添要一は第1次安倍内閣で厚生労働大臣を務めていましたが、そのときは野党だけでなく与党からも攻撃されていたことを明かしました。

そのときの苦労で髪がなくなっていったと冗談で語っていたそうですが、大臣になる前から薄かったと思います。


本当かどうかはわかりませんが、大臣のときは安倍晋三首相と2回しか会話していないと言っております。

その2回というのが大臣を引き受ける時と辞めるときだそうですが、これでは首相と大臣の意思の疎通ができていたかどうかは疑問ですね。

舛添要一が厚生労働大臣をやっていたときには、消えた年金問題が発覚して、一番大変なときだったと思います。

もう大臣はやりたくないようなことを漏らしていたそうですが、こういった発言をするんですから議員に復帰するつもりは無さそうですね。



舛添要一といえば参議院議員の片山さつきの元夫です。

このとき片山さつきは官僚だったようですが、舛添にとっては2人目の妻だったようです。

最初の妻は留学時代出会ったフランス人だということが、詳細については調べてみてもよくわかりませんでした。

一説には舛添はこのフランス人女性の前にパリで知り合った日本人女性と結婚していたという噂もあります。


舛添と片山は1986年に結婚して、3ヶ月後には早くも片山が弁護士に相談する事態になったといいますが、離婚したのは2年3ヶ月後の1989年でした。

ほとんどは別居していて、いっしょに暮らしていたのは半年にも満たないそうですが、2人の間に子供はいないようです。

離婚の理由については正式にはわかりませんが、舛添の浮気などが関連しているようです。

舛添は怒ると物を投げる癖があって、炊飯器を投げつけてきたといいますが、本当なんでしょうかね。



そんな舛添ですが、母が亡くなるまでの数年間は介護のために週末は北九州に通っていたそうです。

介護費用や親元へ通うための新幹線代などで 家一軒分のお金を使ったと以前にテレビで語っておりました。

舛添には4人の姉がいるようですが、普段は3番目の姉が母親の世話をしていたそうです。

この姉は舛添の会社の取締役だったそうです。今はどうなのかわかりませんが。

姉のうちのひとりは生活保護を受けているそうですが、舛添は絶縁していて、市から面倒見ることをお願いされたが断ったといいます。


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