野茂英雄、メジャーでノーヒットノーラン達成?年金が多い?

今年、レンジャーズのダルビッシュ有野茂英雄の持つシーズン通算236三振を更新しました。

ダルビッシュはシーズン12度目の2ケタ奪三振を達成しましたが、これも野茂のもつ2ケタ三振記録11試合を更新した形となりました。

またレッドソックスの上原浩治が連続34人の打者を凡退させており、話題になっておりますが、日本人としては野茂のもつ31人連続の記録を更新したことになります。

野茂英雄

野茂は他にも自信意外の日本人投手がまだメジャーで達成していないノーヒットノーランを2回達成しております。

こうして聞くと野茂英雄がいかにすごい投手だったかが改めてわかります。


野茂は1995年にドジャースとマイナー契約を結びました。

このときは日本人選手がメジャーリーグで活躍するといった例はなかったので、かなり勇気のある決断だったと思います。

年俸は近鉄時代は1億4000万円でしたが、980万円まで下がりました。

間もなく野茂はメジャーデビューを果たし、1試合16奪三振などの大活躍を見せます。

そしてメジャーデビュー初年度(1995年)で達成したのがシーズン236奪三振であり、最多奪三振のタイトルを獲得します。

成績も3年で次のようにすばらしいものを残し、年俸も1998年には280万ドル(2億58000万弱)をつけます。
  • 1995年には16勝6敗
  • 1996年には16勝11敗
  • 1997年には14勝12敗
1997のオフには右肘の手術をしますが、これが原因で球威が落ちるなどあって、1998年は不調で6勝12敗に終わります。

1999年はチームがころころ変わるなど苦労しますが、最終的には12勝8敗の好成績を残します。

その後はいろいろなチームを渡り歩き、年俸は2004年に最高額の900万ドル(9億円弱)をつけます。

球速は2002年、ドジャース時代に記録した156キロが自己最高です。日本では151キロが最速でした。

野茂英雄

メジャーリーグの年金は日本球界に比べて高いことが有名ですが、野茂の場合、10年位上の登録があったため満額支給となります。

年間でおよそ1500万円となるそうですが、日本球界の場合は年間100万円でかなりの差があります。

日本でずっとやっていれば、もっと楽に稼げたと思うし、生涯年俸も同じぐらい、あるいはそれ以上だったかもしれません。

でも年金で大きな差がつくので、メジャー行きは収入面でも成功だったのでしょう。

なによりも名誉を得て、他の日本人にメジャー挑戦の道筋、希望を与えたことはとても大きいと思います。


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